2005年8月9日(火) 『長崎原爆の日』『長崎原爆忌


6日の記事にも書きました広島に引き続き、皆様ご周知、長崎に原爆が落とされた日。――1945(昭和20)年8月9日午前11時ごろ、米軍のB29爆撃機『ボックスカー』がプルトニウム原爆『ファットマン』を投下。


これも、広島同様、日本人として、忘れてはならない“記念日”です。


* * *


毎年8月6日に広島でもありますが。
長崎でも、『原爆犠牲者慰霊平和祈念式』というものが、例年行われているらしいですね。
原爆投下の時刻とされる午前11時02分から1分間、黙祷が捧げられるのだとか。


黙祷といえば……今月6日、甲子園の広島代表校が「原爆を落とされた時間に黙祷をしたい」と申し出、許可を受け、それを他の学校にも共にやろうと呼びかけたところ、許可してくれたはずの高野連から阻止されてしまった、…という出来事があったとか。
高野連の言い分によれば、「それは広島一県の問題だから他の県を巻き込むな」、ってことだそうです。


――それ、違くねえ…?(-_-)


広島だろーが長崎だろーが、決して“一県だけの問題”じゃないでしょうに原爆は? 日本国民の問題でしょう?
しかし高野連的には、「ここには広島だけでなく全国各地の高校生が集まっているため、黙祷はまとめて15日の終戦記念日に行っている」、っていうことがあったかららしいけど。


…いいじゃん、黙祷くらい。何度やったって。


そのくらい軽く目をつぶってやるだって、出来るはずなのにさ。…別に、全国ネットで呼びかけるワケじゃーないんだしさ。いいじゃん、甲子園の出場校くらい巻き込んだって。小さい小さい。
ここで広島原爆記念日の黙祷が叶っていたら、今日、長崎原爆記念日の黙祷も、長崎代表校の呼びかけで実現されたかもしれないのに。…そうなっていたら、その場に居た人間だけにでも、原爆に対する意識が変わってくれたかもしれないのに。
今日び、高校生が自発的に哀悼の意を示すって、ホントどんなに貴重だっていうのか……それを分かってるの!? と言ってやりたい。
わざわざ芽を摘みやがってくれた高野連て、本当になんて心が狭いの。


結局、後日朝日新聞社から「行き違い」の旨の謝罪があったとのことですが。…それも、果たして本当に「行き違い」なのかしらん?
このことを、あまりに世間が騒いじゃったから、仕方なくなく「行き違い」コメント出したってだけなんじゃないですか? ――なんて、穿った見方を、どーしたってせざるを得なくなるじゃんか。
なんかイヤだなー、後からそーやって弁解すんの。
高野連のフトコロの狭さ以上に小さくてイヤ。


こういうトコロに……まだまだ日本国民に“戦争”“原爆”といったものに対する意識の小ささが露呈しているように感じます。
もうちょっと真剣に“平和”というものの意義を考えて欲しいよ。
過去の傷跡を見つめ返す、ということの重要さを、心から真剣に考えて欲しい。
そう願わずにはいられません。